バイクでたどった「奥の細道」 <アッキーさんのクロスカブ+その後>

「片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず春立てる霞の空に」芭蕉さんの辿った「奥の細道」へ、クロスカブ(110CC)で出発したのは2019年4月のこと。4000kmの旅を終えて・・・ ブログは続きます。 季節の風景、旅のこと、鉄道のこと、新聞テレビから、街のできごと、美味しいこと、うどんのこと、富士山のこと、盆栽もみじちゃんのこと、苔ちゃんのこと、おじさんは怒ってるぞ!のこと・・・などなど 

すみません。^^; ただいま一時帰宅中です。31日に新潟へ。

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4月27日千住大橋出発。大橋下のテラスの壁はこんな感じに。矢立はじめの地。足立市場わきのテラスで芭蕉さんにあいさつ。
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草加の札場河岸公園。真ん中は新しい文化施設「漸草庵」。右は曾良ちゃん像です。芭蕉さんと離れたところに曾良ちゃんがいることを、散歩中のおばちゃんに教えてもらいました。「どうして離れているのかね~」と、やっぱり不思議そう。
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春日部。宿泊したとされる場所が2か所あります、その一つ東陽寺。右2つは「室の八島」(栃木市大神神社 おおみわじんじゃ)

 出発の初日4/27の写真を公開していませんでした。遅くなりました。

 

こんにちは。ただいま一時帰宅中です。「いつになったら再スタートするんだ!」という声が聞こえてきそうです・・・ (^^) 30日の用事が済んだ後、31日には新潟に戻りたいと思います。

ただ、戻ったら、佐渡島に行ってみたくなりました。(^^ゞ ちょっと佐渡に行ってから、奥の細道ルートに戻ります。一度も渡ったことがないので、ずーっとの宿題でした。(芭蕉さんは 佐渡島には行っていません)

 

奥の細道・前半」をちょっと振り返ります

4月27日に出発して26日間で約2300kmを走りました。

奥の細道を辿ってみようという軽い気持ちで始めましたが、小説やドラマに引き込まれていくように、だんだん「奥の細道」へ奥深くのめり込んでいく感じになっています(笑)。私は研究者ではないですし、詳しいことはわかりません。ただ、この旅を半分終えて、「芭蕉さんの追っかけマニア」になっていく自分に気が付きます。多くの人が奥の細道、そして芭蕉曾良に興味を持って研究して、いろいろ意見を述べたい気持ちがわかります。今までに、たくさんの方々が奥の細道をたどり、その記録をインターネット上で残しています。どの記録も実に正確で、あとから辿るものとしては、ほんとうにありがたいです。特に詳細な地図や写真は、句碑などを探すときなどにたいへん役立ちます。いま、ナビやGPSを必死に使っても迷っているのに、芭蕉さんたちは、どのようにして目的地を突き止めたのか、不思議でたまりません。

 

 驚いたこと、わかったこと  奥の細道は全行程150日くらい、歩行距離約2400km(私は余計なところを走っていますので走行距離がすでに2300kmくらいと伸びています)  驚くのは、330年前のことでありながら、「〇月〇日、〇時ころに、〇〇兵衛宅に到着した」というところまでわかっていることです。

 

地図について 伊能忠敬によって地図がつくられたのが1800年代ですので、芭蕉さんは地図をどうしたのか不思議でした。ただ1600年代に、かなり日本の形になった地図(北海道がない)があるにはあったようです。奥の細道に使ったかどうかわかりませんが、地図という感覚がなくても歩ける方法があったのだと思います。伊能忠敬も50歳を超えてから17年間歩いて、正確な日本地図を作りましたが・・・それも芭蕉さん同様、すごいことですね。

 

曾良旅日記」について(本名 河合曾良) 「曾良本」と呼ばれる曾良随行日記がきわめて正確であったことわかります。しかし、記録にない期間があったり、芭蕉の記録との食い違い・・・など不明な点があったりして、これまた追っかけマニアとしては、楽しみでもあります。